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阿久根市
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桜島からいよいよ丹宗家の田舎「阿久根市」へ☆彡

僕の2代前に「丹宗忠」という人がいて阿久根市長であり、かなり風貌も変わっていたらしくとにかく奇抜な人でその当時は進みすぎた考えの為に賛否両論だったらしいけど今の時代になるとその時に行ったことがとても阿久根の為になっているらしいです。

丹宗家のお墓は相当広くて約100基近い墓石がありますがかなり古い墓石ばかりで立てるのが不可能なものまでありました。
僕は家系図によると丹宗家14代目らしいのですが、家系図に乗っていない人も多く今となっては「どういう人だったのか??」わからない故人もたくさんいるのが残念です。

写真の大木は故 丹宗忠さんの奥さんがお墓が暑そうだったので植えてあげた木で落雷により焼けてしまったそうです。
何か先祖の人々から「言葉では無い何か」を受け取ることができたようなきがします。
author:丹宗立峰, category:-, 00:20
comments(2), -, - -
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Comment
31歳のお誕生日に、丹宗家のルーツを訪ねることができて良かったですね。
改めて、お誕生日おめでとうございました。
日付は変わってしまいましたが、お祝いの気持ちと共に、レミゼ博多公演の後半戦へのエールを贈ります。
悔いのないよう、バベを生きて下さい。
遠い空の下より応援しています。
桜, 2007/10/16 2:30 AM
re: your blog dd.2007.10.16 Tuesday
丹宗正市長の御子孫と知り一筆啓上です。
脇本の出身で出水高校時代、西出水駅の待合室で声をかけられ、英語をポンポン交えた会話をさせられたことが忘れられません。風変わりで豪快な感じの方で、身なりはひどく質素なのに、理想の高い話をされました。しばらくして阿久根市長になられて、なるほどとやっと納得しました。そのときの刺激が大きく、上京後も英語に熱中し、結局サラリーマンの3分の2の時間を外国で過ごしました。おかげさまで楽しい44年でした。私の一生に最も大きな影響を与えてくださった恩人です。
あの方の御子孫なら度胸満点、大い羽ばたかれることをお祈りいたします。
春霞, 2012/07/13 11:17 PM